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「今は長い人生の中の「点」。だから大丈夫!」と娘に声をかけました。-ままさん

今日はままさんに「不登校生の母親としての心境」をお話していただけることになったぞ。
よろしくお願いします。

はじめまして。
高齢者施設で、看護師をしているままです。

今年21歳になる娘が、中2の夏から卒業まで完全不登校になりました。
高校進学も否定的でしたが、「寮がある・他府県・不登校児に理解がある」をキーワードにして、進学先を探しました。信越地方にある高校に入学。3年間寮生活を経験し、一昨年東海地方にある大学の看護学部に進学しました。

が、初めての一人暮らし、奨学金を借り学業を続ける事への経済的不安で、2ヶ月で退学してしまいました。
今でも、助産師への夢は持っている様ですが、進学先の街でアルバイトをして暮らしています。

彼女の生活は見えませんが、自分で考え人生の選択をしていくと信じています。

ありがとうございます。
お子様が不登校になられたきっかけや当時の様子を教えていただけますか?

きっかけは、中学の部活の選抜に選ばれなかった事の様に思います。

彼女が小学5年の時に私が離婚をして、関東地方に引越しをしました。また、彼女の姉は最重度の知的障害があり、小さな頃からよく面倒を見てくれていました。
そんな事があり、今まで抑えていた感情の現れではなかったのか?とも感じました。

なるほど。
娘さんが不登校の期間はどのような生活をしていましたか?

初期の頃は、学校に行く気はあった様ですが、朝になると頭痛など不調を訴え、結局登校できずにいました。

だんだん朝起きず、就寝が夜中といった生活になっていきました。
自分から外に出る事はなく、姉を迎えに群馬まで行く際に声を掛けても「だって、学校行ってないってわかっちゃうじゃない!」と、外に出ようとしませんでした。

高校受験を決めてからは、ネットを見たり教科書を見たりしながら、受験勉強をしていました。

娘さんは自宅にいながらも前向きに高校受験対策に取り組んでいたんですね。
娘さんが学校に通っていないとき、ままさんご自身はどのような対応をされましたか?

初めの頃は、朝声を掛け登校を促したりしていました。だんだん朝も起きなくなり、私も思うようにならずイライラ。
怒っても、なだめてもダメならと、本人の自由にさせ見守る事だけにしました。

ネットの履歴を確認し、行動にも注意していました。が、母子家庭のため昼間は子どもが1人。自殺していないか?と、仕事中も、家の玄関を開ける時もハラハラドキドキしていました。

進路に関しても、進学拒否がありました。
しかし、小学生の頃、助産師になりたいと言っていたので、自分の夢を叶えるためにと、進学できたように思います。

不登校中にも、一緒に映画を見にいったりしました。
出掛けた帰りの車の中で、私自身の中高での失敗や多くの人に助けられて今がある事など、「今は長い人生の中の「点」。だから大丈夫!」みたいなことを娘に話したりしていました。

ままさんが娘さんの気持ちを尊重して寄り添い、ひとりじゃないと伝えることは娘さんにとって大きな支えになったんですね。
そんな状況の中、登校に至ったきっかけなどがあれば教えて頂きたいです。

進学した高校の「一人ひとりを大切にする」教育方針。
寮での生活で、いろいろな価値感がある、あって良いんだ!という体験が、大きかったと思います。

進学した大学は退学してしまいましたが、自己主張ができるようになったんだなと、思っています。

多様な価値観がある、って解放されると安心できますね。
日本の学校・社会・教育機関に何か求めることはありますか?

みんなが一律な価値観が正しい!では無く、多様性を認めて欲しい。
持てる力を引き出せるような関わりのある教育が必要だと思います。

一人ひとりの持っている力は千差万別ですもんね。本日は貴重な経験をシェアしていただき、本当にありがとうございました!

こちらこそ、ありがとうございました!

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