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院内学級と塾講師のおかげで自信がついた。-りょうた。さん

更新日:2020年4月15日

今回は、りょうた。さんにお越しいただきました!
こんにちは。

よろしくお願いします!

まずはじめに、簡単な自己紹介をお願いしてもいい?

始めまして、りょうたです。

僕は両親の離婚と引っ越しをきっかけに小学校4年から5年まで不登校になりました。
その後中3までは特別支援学級に通い、普通科の高校へ進学し、現在は都内で大学生をしています。

大学ではアメリカ留学も経験させてもらいました。趣味は映画を見ることです。

なるほど、ありがとう。
不登校は両親の離婚が原因ということだったけど、そのときの心境はどんな感じだった?

小4の時に両親が離婚し、居心地がよかった家の中が一変。両親の仲が悪くなっていく過程を目の当たりするのは
当時の僕にとって精神的にくるものがありました。

離婚と同時に母親の地元へ引っ越しをしたため、4年間通った小学校から転校。頼みの綱であった友人とも離れ離れになり、環境の変化に全くついて行けませんでした。

ストレスが原因で学校にいると動悸がしたり、朝におなかが痛くなったりしはじめ、徐々に学校に行けなくなりました。

そうか…家庭環境と、学校の環境が同時に変化したんだね。誰にとっても大変なことだ。
そんな中、学校に行かなかったときは何をしていたの?

塾に通っていた時期もありましたが、知り合いと会うのが苦痛になったため退塾。基本は家でゲームをしたり、本を読んだりして過ごしていました。

僕の現状に対して危機感を持った母親が近くの児童精神科外来を受診し、そこで提案していただき院内学級に通い始めました。

中学を機に地元の普通の学校へ復帰しようと考えていましたが、入学式当日に挫折し、また児童精神科へ逆戻り。今度は入院にまで至りました。数カ月で退院はできましたが、結局普通科の中学には戻れず、院内の特別支援学校で3年間過ごしました。

幸い周りには同じような境遇(中には僕よりも思い精神疾患の患者さんも)の同級生がいたので、彼らとは打ち解けて楽しい中学生活を過ごせました。

なるほど。院内学級という選択もあったんだね。

そこから現在の進路の決め手は何かあった?

高校受験の時に再び普通科の受験をしようと、近くの個別指導塾に通い始めました。そこで出会った先生に勉強の楽しさを教えていただきました。

幸い、院内の特別支援学級での成績は悪くなかったため、県内でも有名な進学校に受かることができました。
この合格で自分に自信がつき、高校からはなんとか”普通科”に通う事ができました。

相変わらず学校自体は雰囲気苦手で、制服を着ると息が詰まる想いでしたが、この頃から少しずつ変わっていったように思います。
高校の合唱部では副部長もさせていただき、全国大会にも毎年出場でき、より自己肯定感がついて今に至ります。

留学にいきたかったのはなぜ?

「アメリカ=自由の国」っていうイメージが強くあって。
それを自分の目で確かめたかったんですよね。

現在不登校生徒と関わっている方々や、社会に伝えたいことはある?

多様性を認める社会はとても重要な事だと考えています。
不登校ひとつとっても人それぞれ理由があります。重い心の病を抱えている方もいますし、自分がなぜ学校に行きたくないのかすらもはっきり言語化できない方もいます。僕もそうでした。どんな理由であれ、ありのままを受け入れることは大切です。

また現状の教育制度や取り組みについても特に不満はありません。カウンセラーはある程度いると思いますし、教育制度も少しずつ柔軟になっていると思います。

ただ社会において、特に年配の方になればなるほど、学校に行かないことを「やる気の問題」「不真面目」と頭ごなしに否定しがちな傾向があると思います。
そういった考え方が少しでも柔軟になれば、一人の不登校経験者としては嬉しいです。

最後に、現在の不登校生徒に何か伝えたいメッセージはありますか?

自分の時間の8割は自分の好きな事をすればいいと思います。
残りの2割で本を読んだり、映画を見たり、ドキュメンタリーを見たり、少しずつ知識を身につけると最高です!

そうやって息抜きをするの大切だよね。8割自分の好きなこと、っていいね!

りょうた。さんはYouTubeやTwitterで現在活躍中。
留学生を応援する動画もあるよ!チェックしてみてね!

りょうた。さんのYouTube

今日は本当にありがとうございました。
これからのさらなるご活躍、応援しています!

ありがとうございます!

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