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担任教師の特別配慮が不登校の私を救ってくれた – 池田さん

今回は池田さんにきてもらいました。
こんにちは。

こんにちは。

簡単に自己紹介をお願いしてもいいですか?

はじめまして、池田杏香と申します。
小学4年生の時に不登校になり、小学5年生からは元気に登校しています。
現在は大学の進路が決まり、大学では中学からやっているソフトボールを続けます。趣味は体を動かすこと、音楽を聴くことです。

ありがとう。小学校で不登校になったんだね。
きっかけとか聞いても大丈夫?

特に明確なきっかけはないのですが、小学4年生の時に、成長していく過程で心身共に乱れた時期がありました。

学校に行くのが嫌という気持ちはなかったのですが、朝起きて活動することが嫌で、学校に行きませんでした。病院に行き、脳のMRIをとりましたが、脳に異常はありませんでした。診断は起立性調節障害でした。

今から考えると、その症状は成長の過程での心や身体の変化によるものだったと思っています。精神的な面で崩れたのは、担任の先生が嫌いで先生に会いたくないから、という理由もありました。

また、親や姉からなぜ学校に行かないかを聞かれましたが、私自身もその理由がわかっていなかったので、その度に追い込まれていきました。
家族に理解してもらえないことが1番辛かったです。

なるほど。。
不登校の期間はどのように過ごしていたの?

母に無理矢理でも学校に連れて行かれ、授業には出席せず保健室に行き保健室から帰るという生活をしていました。
保健室では漫画を読んだり時々カウンセラーと話したり寝たり多少勉強したり、基本的には好きなことをして過ごしていました。

その時に嬉しかったのは、クラスの子が6人程のグループを作り、日替わりで一緒に昼食を食べにきてくれたことです。今から考えると、それは担任の先生の配慮だったのだと思います。それが唯一の学校での楽しみでした。

将来に関しては、私は病気なのだと思っていたので私の人生はここで終わるのだなと感じていました。

小学校5年生で学校に通えることになったきっかけはあったりするのかな?

私は小中高一貫の学校に通っていたので、自分で道を選択することなく進学しました。

その中でも、小学5年生の時が1番成長できたと思っています。それは、小学5年生の時の担任の先生のおかげです。
例えば、いつ授業中に倒れてもいいように手すりがついた椅子に座らせてもらったり、母が教室の外で見守っていてくれたり、心理的な安心感を与えるためにたくさんの配慮をしてくれました。

幸運なことに友達にも恵まれ、特別扱いすることなく普通の友達として接してくれました。友達からのこのような接し方も、担任の先生の配慮によるものだったのだと思います。

日本の学校や社会、不登校を応援する人に伝えたいことはありますか?

もし不登校の人が身近にいたら、不登校になった原因を突き詰めるのではなく、どのようにしたら本人の気持ちが前向きになるのかを考えてほしいと思います。
原因を突き詰めることは、本人に過去の辛い経験を思い起こさせることになります。

今本人がどのような状況なのかを把握することは必要ですが、過去を探ることは適切だと思いません。それより、例えばリフレッシュできる場所に連れて行くなど、本人が明るい気持ちになるような声かけや接し方をしてほしいです。
不登校向けの教室やカウンセラールームは、このような私の思いを実現できる場所だと思います。

最後に、現在の不登校生に向けてメッセージなどはありますか?

少しの時間だけでも、まずは学校に足を踏み入れてみてほしいです。ずっと家にいても何も変わることはないので、学校のカウンセラールームや不登校向けの教室に行ってみてほしいです。
誰とも話したくないと思う時もあると思いますが、そうなればなるほど辛いと思います。原因がわからなくても、辛い時は辛い、嫌な時は嫌だと言い、その時の気持ちを周りに伝えてみて下さい。
友達関係で不登校になってしまっている方は、1番信頼できる人や話しやすい人に相談してみるといいかもしれません。その時の思いを誰かに共有した方が楽になると思いますし、不登校を克服する方法も増えていくのではないかと思います。

本日は本当にありがとうございました。
池田さんの場合、「担任の先生の特別な配慮、リフレッシュできるような環境づくり」が大切だったんだなと思いました。
これからの池田さんの活躍を応援しているね!

ありがとうございます。

この記事を書いた人